Carl Zeiss Jena Pancolar 55mm F1.4というレンズは、Carl Zeiss Jena社が1970年前後に生産した高速標準レンズです。ハイスピードレンズと呼ぶ人もいます。要は、明るいレンズの事です。 Carl Zeiss Jenaという銘柄表示は、Carl Zeissが創業者の人名で、Jenaは創業地名という意味合いになります。Carl Friedrich Zeiss=カール・フリードリッヒ・ツァイス氏が、ドイツのテューリンゲン州の都市イエーナ=Jenaで、顕微鏡の工房を創設した事が始まりとされ、それを企業体の名称としたのがCarl Zeiss Jenaになります。
このメーカーは、 Pentacon Superという最高級一眼レフカメラも製造していましたが、その際にCarl Zeiss Jena Pancolar 55mm F1.4というレンズが標準搭載されていたという歴史的な背景を持ちます。 このレンズの光学系設計には、大きな特徴があり、後群分割型ダブルガウスモデルと呼ばれていますが、現代に至るまで、一眼レフカメラ用に設計された明るいレンズでは、ほぼ例外なくこの設計方式が採用されています。製造本数も、確か5,000本くらいしか市場には供給されていないので、今でも残っている個体の大半は、最終所有者さんの手元にあるのではないかと推測しています。
ブラウニング現象
このレンズの光学的な特徴として、ブラウニング現象が挙げられます。簡単に解説すると、硝子部位の一部が黄褐色になってしまうという症状を意味します。鏡胴内部凸レンズに、酸化トリウムを含む高性能な新種硝子=低分散高屈折率硝子を導入したのですが、その硝子部位のお蔭で、画像周辺部の解像力の向上と、グルグルボケの抑止、間接的には収差全体の補正力を改善させる波及効果が得られました。
その反面、酸化トリウムが放射するα線が、硝子素材を黄褐色に変色させるという先天性の病気であるブラウニング現象が進行する事が後に報告される様になり、現在では多くの製品機種でこの病気が進行し、ガラスに黄褐色の変色がみられる個体が散見される様になりました。こんな風に解説すると、この黄褐色がいかにもマイナス面に感じられてしまうのですが、私は、こういう個体を手にする度に、いい味のレンズだな・・・感じることの方が多いです。
私の個人的な見解
ブラウニング現象がもたらした、カラーバランスへの影響は、歳月を経ることで獲得できたオールドレンズならではの描写特性ともいえるもので、実際に使ってみると思いがけないシーンで素晴らしい演出効果を提供してくれると、懇意にしている写真家の方も、同じ様な感想を持っています。普通に写る無着色な透明硝子のレンズには決して真似のできない、味わい深い写真効果が得られるといいます。
しかも、修理の視点でこの現象を診断した時に、紫外線を一定時間照射しガラス材が温まってくると、電子正孔対からトラップ状態の電子を解放させることができます。そうすると、格子欠陥= 黄褐色は徐々にですが消滅しますから、Pancolarにみられるブラウニング現象は、紫外線の照射のみで除去できるので、そんなに気にする必要はないと捉えています。
簡単に言い換えると、該当硝子部位を日光浴させてあげるという事です。該当部位を鏡胴から取り出して、天気のいい日に自然光を当ててあげます。こういう整備をご希望の場合は、納期に少し時間がかかります。整備に出すまでもなく、もしかしたら理論上、頻繁に使っているレンズでしたら、このブラウニング現象は起きにくいとも言えそうです。
レンズ検査ご依頼までの流れ(経緯)
今回のご依頼はお電話にて受け付けましたので、その内容を簡潔にまとめました。
ご依頼者様からのお電話
お世話になります。しばらく保湿庫に保管しておいたレンズを取り出してみたところ、絞りが解放のまま動きません。協会さんを同じ倶楽部の友人から紹介してもらいました。何とかなるものでしょうか?カビはない様にに思うのですが、如何でしょうか?元の様に復元できるのでしたら、是非お願いします。動作が戻ったら、子供も使いたいといっていますのでので、宜しくお願い申し上げます。
今回お預かり致しました機種
機種名 | Carl Zeiss Jena Pancolar 55mm F1.4 付属品 |
シリアルNO | 8401270 |
付属品 | 前後キャップ |
課題(所有者さん見解) | 絞り羽根が開放のまま絞りリングを回しても動きません。 |
ご希望予算 | 30,000円(税込)くらい |
整備報告
お電話にてもお話し致しましたが、フォーカス調整機構螺旋状部に塗られているグリースが、レンズ鏡胴内部の内壁等を伝わって、絞り羽ユニットBOXに、汚れを巻き込みながら付着してしまっていました。その汚れを除去しましたので、その駆動は復元しております。解放値から絞り値まで、全領域にてスムースに開閉しています。
こちらの処置後、納品する事になりますが、今後の保管に際しましてお願いがあります。今回の様な症状になってしまう個体は、今後も似た様な症状に再発してしまう可能性があります。その防止の為にも、是非保管時のレンズの向きにご留意お願い致します。この機種の場合は、前後キャップを付けた上で、対物側を下にして保管して下さい。ご協力お願い申し上げます。
上記写真の様に、絞り羽フイルム本体に数か所痛みがあります。これは付着物ではないので、除去できません。機能には支障がありませんので、この点ご了承お願い致します。外観・光学系共にとても状態の良いレンズです。これからも、撮影の良きパートナーとして、末永く大切にご所有下さい。
尚、同じPancolarタイプレンズで、Carl Zeiss Jena DDR Pancolar Auto 50mm F1.8というモデルも人気がある様です。この機種の修理記録台帳も、宜しければご参照下さい。
納品に関しまして
※お願い・・・銀行お振込み頂きましたら、その旨メールにてお知らせ頂けますと幸いでございます。確認後速やかに納品させて頂きます。
発送方法 | クロネコ発払い便 |
送り状NO | 別途メールにて報告 |
配送状況 | お荷物追跡システム |
ご決済に関しまして
整備費 | 28,000円(税込) |
クロネコさん送料 | 兵庫県(一律)=1,040円(税込) |
決済方法 | 銀行振り込み |
合計 | 29,040円 |
お願い | ご決済後メールにてお知らせ下さい |
お振込み先銀行
・みずほ銀行
・五香支店
・口座名義 一般社団法人 日本レンズ協会
・普通口座
・口座番号 1715154
ご縁ございましたら、今後もお付き合い・ご指導宜しくお願い申し上げます。
(一社)日本レンズ協会 代表理事 田斉 健輔