読者さんからお問い合わせを頂きました機会に、Olympus OM Zuiko Auto-S 40mm F2というレンズの修理の可否に関しまして、私なりの見解を解説させて頂きたいと思います。読者さんとのメールのやり取りを通して、修理記録台帳に記録として残し、公開させて頂きます。
読者さんから頂いたメール
OLYMPUS OM SYSTEM 40mm f2 AUTO-Sレンズのカビ取りについて
件名にある最も宝にしていたレンズを後ろ玉から覗くと、カビなような小さな薄いブツブツがたくさん見えました。修理していただけませんでしょうか?助けてください。
こちらからのお返事
H様、こんばんは。
H様が一番大切にされておられるレンズとの事、お気持ちお察し致します。今回お問い合わせ頂きました機種は構造上、整備難易度が高いのは事実なのですが、人様の大切な光学機器をお預かりする立場上、もしもこちらの整備に不具合があった場合、弁償という姿勢を常に持ち合わせて全てのご依頼に対峙させて頂いております。この機種は年々市場価格が高騰している機種の一種です。そして、そもそも製造個体数がとても少ない機種になります。もしもの事を考えますと、大変申し訳けございませんがお預かりはご遠慮させて頂きます事、どうかご了承お願い申し上げます。
本当に申し訳けございません。お許し下さい。
読者さんからのお返事
田斎さま、早速の返信、ありがとうございます。
年々高騰しているとは、知りませんでした。弁償のことも、思いもよりませんでした。
整備難易度が高いということは、私が自力でカビ取りすることも難しいですよね…
もしなんらかの方法があればご教示くださいませ。無理ばかり言って申し訳ございません。
焦点距離と最短撮影距離と軽量なため、非常に重宝しているレンズですので。
こちらからのお返事
H様、おはようございます。
度々のご返信恐縮でございます。少し長い文章になりますが宜しければご一読下さい。手段と致しましては私から情報提供を受けるまでもないと思いますが、一般的には
1、該当機種を受け入れて整備してくれる業者さんを探す。のが、順当なのかと思います。
A) 固体そのものの市場価格が高いのと
B)製造段階で個体数そのものが少ない事と
C)固体の構造が金属部位も硝子部位全てがとても小さいので、整備の難易度は高い部類に属します。
何だかのミスで背負うリスクを考慮すると、尻込みしてしまうのはどなたも心理的に共通だと思いますが、もしも受け入れ可の業者さんが存在すれば、解決の道は開かれる可能性はあると思います。その場合、業者さんによるとは思いますが、それなりの整備費用は想定しておく必要があります。
当協会のケースのお話しになり恐縮ですが、上記3点の背景を持った機種の修理依頼を受けた際、今までは、同機種を別途購入して、その構造を研究し再組立時の無限遠等の光学的な数値を検査して問題がない事を確認してからご依頼を受け、処置を施し納品してまいりました。こんな方法で、色々なレンズの構造を研究しながら取扱い機種を少しづつ増やして今に至っております。
今回ご依頼の相談を受けました機種はパンケーキとも呼ばれていますが、世にある多くのパンケーキタイプレンズは
・3群4枚の【テッサータイプ】=簡易な造りを採用しておりますが
・この機種は6群6枚構成の【ガウスタイプ】というとても贅沢な硝子部位が組み込まれた構造になっております。
・そのうち4枚の硝子部位は高屈折率低分散ガラスという特殊な石を使用しているのも事実です。
こんな機種の為、製造元さんは採算的には利益がでず、途中で生産を中止してしまったという経緯が生産台数の少なさと相まって、昨今の市場価格の暴騰に繋がったのではないか?と個人的にはその背景を分析しております。製造当初から20万円位の価格設定にしておけば、採算は取れた構造のレンズです。
世にあるオールドレンズの実態はザックリとですが、30%が最終所有者の手元にあり、残りの個体は、販売経路の途中に存在すると言われています。そんな中、この機種は殆どが写真愛好家の手元に存在します。
又、絞り羽調整ダイヤルがレンズ対物側一番先頭に組み込まれている構造にも整備の難しさが所以しております。絞り羽調整ダイヤル部位が、レンズ先端部分のフイルター取り付けリングと兼用して押えられている構造の為、レンズ対物側から鏡胴内部にアクセスして、光学系硝子部位にアクセスしようとすると、本来は意図していない絞り羽ユニット機構の、スプリングとベアリングと受け溝プレートがバラバラになってしまい、その復元が難しいのも難易度の高さの原因になっています。
この様なレンズの構造を俯瞰しますと、還暦を超えた年齢になってしまった現在、視力や細かな手作業にやはり尻込みを感じてしまう自分に情けなさを感じると同時に、どんな機種でも学習の為に果敢に挑戦していた、今よりはもう少し若かりし頃の自分が懐かしい想いでございます。
これは、H様に決してご提案できるお話しではございませんので、無視して頂いて結構なのですが構造が解っている私の元、視力と手先の所作に問題のない方が、私からの指導を受けながら処置にあたるという手段がない訳ではありません。実際に個体を持参なさって、講義を受けながらレンズの構造と技術指導を受けている生徒さんは何人もいらっしゃいます。
しかしながら、修理のご依頼をされている写真家の方にやり方は教えるから、私の横でご自身で具体的な整備をして下さい。といった提案は、そもそもご依頼者様の主旨からずれている事で、ご依頼してくれた方の本来の目的を無視した手段だと思います。
当協会は、レンズの修理に関しまして、様々な関連情報=コンテンツを公開する姿勢で今までこの世界で生きてきました。ですが、残念ながらこの機種に関しての修理記録台帳の記録が見当たりません。なので、H様にご提供できる整備工程コンテンツがありませんので、H様ご自身がご自宅でご自身で整備する事に関しましては、壊してしまうリスクが高いので、決しておすすめできません。
以上、再度頂きましたメールのお返事になりますが、求めていらした内容になっていませんでしたらどうかお許しください。
大分気温が低くなってきました。どうかお体もご自愛下さり、充実した年末をお迎え下さい。
読者さんからのお返事
田斉さま
私の無理なお願いに、毎度ながらていねいなていねいな返信をくださり、ほんとうにありがとうございます。すごくいいレンズながら、なかなか修理となるて難儀なレンズだったのですね。いろいろ詳しくご教示くださり、よく理解できました。カビが見えながらも、今まで実写上は特に気付くこともなく使用してきたので、これからも普通に大事に使っていくことにいたします。ご商売にならない話の返信に大変なお手間を取らせてしまい、ほんとうに申し訳ありがとうございました。なかなかいらっしゃらない素晴らしいレンズ愛を感じます。私も現在還暦ですが、田斉さまにおかれましては、どうぞこれからもお身体ご自愛くださり、ますますご活躍されますよう、お祈り申し上げます。
あとがき
修理のご依頼が合った場合、通常は整備内容と機種を照らし合わせて、課題が解決する見込みがると判断した場合は、予算の折り合いがつけば、該当個体をお預かりしております。今から振り返りますと、整備経験のない機種で、しかも製造本数自体が少なく、市場取引価格が高価なレンズも沢山ありました。
その様なケースは、上記解説しました様に、自分で同じ機種を購入して、構造を研究し、鏡胴内部にアクセスし、課題を解決し、再組立を施して、光学的な検査をし、自分自身で確信が持てた場合は、その整備依頼を受け、少しずつですが取り扱う個体数が増えてきました。そんな経緯の中、今でもお付き合いが続いている、写真愛好家の方々をフッと思い出します。
決して経済的に裕福な方ばかりではなかったと思いますが、「失敗しても問題ないから、勇気を出して整備してよ!」・・・と背中を押してくれた方々がいらっしゃいました。依頼者さんの覚悟で私は成長させて頂いているのだなーという想い出が今でも私の背中を押してくれております。ありがとうございます。