レンズの絞り羽が開放のまま固着してしまう症状について

Leitz Summarit 5cm F1.5 絞り時

メールやお電話にてお問い合わせ頂く内容の中に、レンズの絞り羽が開放のまま固着してしまっているレンズの修理に関する事が多いので、この症状について解説させて頂きます。修理の可否に関しまして、先ずは結論からいいますと、その個体によりまちまちになります。そして、たとえその駆動が復元したかに思えても、処置後数ヶ月若しくは数年という時間が経過すると、個体差はありますが、再度同じ様な固着状態に戻ってしまう個体もあります。

この個体差による原因は未だ科学的には判明しておりません。又、同時期に製造された同じ機種でも、絞り羽ユニット機構に何ら問題のないレンズもあれば、今回のテーマの様に、レンズの絞り羽が開放のまま固着してしまうレンズが存在するのか?についても、その原因自体が不明です。

当協会でお預かりした機種一例

Voigtländer Apo-Lanthar 90mm F3.5 MC 絞り時
Voigtländer Apo-Lanthar 90mm F3.5 MC 絞り時
Ernst Leitz GmbH Wetzlar Summicron 5cm F2 絞り時
Ernst Leitz GmbH Wetzlar Summicron 5cm F2 絞り時
Carl Zeiss Jena DDR Pancolar auto 50mm F1.8 MC 絞り時
Carl Zeiss Jena DDR Pancolar auto 50mm F1.8 MC 絞り時
Carl Zeiss Planar T* 50mm F1.4 開放時
Carl Zeiss Planar T* 50mm F1.4 開放時
Olympus H.Zuiko Aout-S 42mm F1.2 金属部位錆
Olympus H.Zuiko Aout-S 42mm F1.2 金属部位錆
Carl Zeiss Tessar 45mm F2.8 絞り時
Carl Zeiss Tessar 45mm F2.8 絞り時
Konica Hexanon 85mm F1.8 絞り時
Konica Hexanon 85mm F1.8 絞り時
Minolta Auto-Bellows Rokkor 100mm F4 絞り時
Minolta Auto-Bellows Rokkor 100mm F4 絞り時
Industar-50-2 50mm F3.5 絞り時
Industar-50-2 50mm F3.5 絞り時

レンズの絞り羽が開放のまま固着してしまう症状の主な原因

一般的な単焦点オールドレンズの場合

レンズ鏡胴内部には二つの役割を担った駆動系機構が組み込まれています。そして、その機構は各々違った状態を好みます。異なった状態を好む駆動系機構が、レンズ鏡胴内部というとても狭い空間に隣接されて組み込まれています。個体差はありますが、フォーカス調整機構螺旋状部グリスが、絞り羽ユニット機構に流れ落ちてしまうのが主な原因です。

駆動系機構その役割好ましい状態
絞り羽ユニット機構露出=明るさを調整する乾いている状態
フォーカス調整機構ピントを調整する濡れている状態

この様な構造になっている為に、使用されているグリスの種類や、未使用期間中の保管時のレンズの向き等で、同じ機種でも、絞り羽ユニット機構に何ら問題のないレンズもあれば、今回のテーマの様に、レンズの絞り羽が開放のまま固着してしまうレンズが存在するのではないか?と推測しております。

構造の違いによる二つの絞り羽ユニット機構

絞り羽ユニット機構には、構造の違いにより、二つの種類に分類されます。

  • クリック型絞り羽構造
  • フリー型絞り羽構造

クリック型絞り羽構造=絞り羽調整ダイヤル部位

レンズの数としては、圧倒的に絞り羽調整ダイヤルクリック型が多いのですが、スプリングが常にベアリングを押し上げて、ベアリングがいくつかの溝を持つプレートにはまる構造になっています。絞り羽調整ダイヤルを回すといくつかの指標位置で「カチカチ」音がするタイプの構造です。指標個体型とも呼ばれています。この構造のレンズは、絞り羽ユニット機構にもう一つの役割を担ったスプリングが存在します。

Canon FD 50mm F1.4 SSC 鏡胴内部 スプリング

このスプリングは、上記写真の様に、絞り羽ユニットBoxに設置されていて、絞り羽フイルムを常に絞る方向に引っ張っています。なので、絞り羽フイルムが開放のまま固着している状態を放置=長期化すると、このスプリング自体が伸びきって、絞る方向の力が弱まってしまいます。絞り羽自体に油じみが起きていて、完全に絞り切れない個体は、この様なグリスの付着と、スプリングの弱りという、二つの原因か重なっている症状と判断しています。

フリー型絞り羽構造=絞り羽調整ダイヤル部位

一方、フリー型絞り羽構造を持つ機種は、絞り羽調整ダイヤル機構がとてもシンプルな造りになっています。上記、構造レンズと違って、スプリングもベアリングもプレートも存在しません。なので、絞り羽調整ダイヤルを回した時に「カチカチ」という音もしませんし、そのトルク感は一定です。

こういう機構を持つ機種は、レンジファインダーフイルム時代の交換レンズに多く、そのマウント形状はL39というスクリューマウントの機種の特徴です。絞り値指標が個体されないので、その不便さを解消する為に、クリック型が考案され、殆どのレンズが、このクリック型に仕様が変更されました。

しかし、この旧タイプ仕様のレンズは、利点もあって、その構造が故に、絞り羽が開放のまま固着してしまうという症状が起こり得ません。絞り羽フイルムに油じみが発生しても何ら問題はありません。この時代のレンズは、ガラス部位・金属部位共にとても上質な素材を採用していましたので、絞り羽フイルムは、かえって濡れている状態の方が上手く機能するし長持ちします。こんな歴史的背景を持っているのが、単焦点オールドレンズの一つの特徴になります。

修理依頼を検討する際に留意して頂きたい事柄

修理依頼を検討する際に留意して頂きたい事柄

今まで解説してきました様に、修理の範疇で復元したかの様に見えるレンズの、復元状態がいつまで維持できるかに関しまして、同じ機種での定点観測の経験がありませんので、この点に関してのお約束ができません。あるレンズはこちらでの処置後、何の問題もなく駆動しているとの報告を頂いているレンズもある一方で、処置後納品して、半年くらいで同じ様な症状が再発してしまうレンズも存在します。この様な科学的に判明していない症状になりますので、ご理解して頂いた上で、レンズ修理業者さんと相談して頂くことをお勧め致します。

修理しないで使用していく場合

絞り羽ユニット機構付きアダプター
絞り羽ユニット機構付きアダプター

修理しても、その駆動領域が狭かったり、動きが安定しなかったり、そもそも修理しないで使用する場合は、絞り羽ユニット機構が組み込まれているマウントアダプターとの併用も選択肢として考えられます。レンズ自体は開放仕様に限定して、絞り値はアダプター側で調整します。この様な組み合わせであればストレスが少なく実写できるケースもあります。この様な対応も考慮に入れてご所有のレンズを末長くご使用下さい。

kensuke tasai と申します。 光学機器の修理を主たる業務としております。 関連コンテンツも並行して配信させて頂いておりますので、リクエストございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。