Carl Zeissという光学機器メーカーは、世界を代表する、写真家の中では知らない人がいないくらいの有名な存在です。その銘柄の所以(ゆえん)に関して、今回は少し解説を加えたいと思います。レンズ鏡胴対物側外観上に、Carl Zeissとか、今回お預かり致しました機種の様に、Carl Zeiss Jenaという紋々が刻印されていると思います。この二つの違いの所以についてです。
人の名前と製造場所に由来するケース
レンズの様な光学機器の名称は、 人の名前と製造場所に由来するケースがよくあります。なので、Carl ZeissもCarl Zeiss Jenaも共に、Carl Zeissという光学機器メーカーが製造・販売したレンズに他なりません。Carl Zeissが創業者の人名で、Jenaは創業地名という意味合いになります。Carl Friedrich Zeiss=カール・フリードリッヒ・ツァイス氏が、ドイツのテューリンゲン州の都市イエーナ=Jenaで、顕微鏡の工房を創設した事が始まりとされ、それを企業体の名称としたのがCarl Zeiss Jenaになります。
歴史的背景
第二次世界大戦がドイツをはじめとする枢軸国側の敗戦という形で終結し、やがてベルリン同様、ドイツ国においても東西分断が始まります。当時に於いても世界最高水準の技術を誇っていたCarl Zeiss社は、ドイツという国家同様に西側のZeissと東側のZeissに分断される事となりました。西側諸国では西側のZeissがCarl Zeissを、東側のZeissがCarl Zeiss Jenaを名乗るという形で決着が図られる結果となりました。
1989年のベルリンの壁崩壊以降、ドイツは再統一の方向へ向かいます。Zeiss自体も統一への歩みを進めましたが、この時点でのCarl Zeiss Jenaは経営企業体としては実質的に崩壊していて、統一というより吸収といった形でCarl Zeissに合流し、企業体としてのCarl Zeiss Jenaの名称にはピリオドが打たれましたが、 Carl Zeiss社のレンズは、現代でも写真家の間で大切に愛用・所有され続けています。
レンズ検査ご依頼までの流れ(経緯)
今回のご依頼はメールにて受け付けましたので、その内容を簡潔にまとめました。
ご依頼者様からのメール
お世話になっております。
carl zeus jena のpancolar auto 1.8/50 なのですが、絞りの修理とレンズクリーニングをお願いできますでしょうか。絞りは、実は昨日まで問題なく動いていたのですが、auto/manualの切り替えスイッチを何気なく切り替えてみたりしていたところ、絞り羽根が開放のまま絞られなくなってしまいました。すみませんがご対応可能かどうか教えていただけますでしょうか。
また、費用の概算が分かれば併せて教えてください。お手数ですがよろしくお願いします。なお、本題ではないのですが、以前何度か整備をお願いしたときと携帯電話の電話番号が変わっています。今回書いた番号が新しい番号ですので、お電話いただくようでしたらこちらにお願いします。連絡先の記録を残しておられないようでしたら、余計なことを言ってすみません。
こちらからのお返事
フォーカス調整機構螺旋状部グリスの油が汚れを巻き込んで流れ落ちこのような症状になってしまったケースの場合は、その汚れを除去すれば課題は解決するケースが多いです。
※絞り羽調整ダイヤルを最大絞り値に設定して、【A】⇄【M】切り替えダイヤルを手動にて入れ替たり
※カメラ接点切り替えボタンをプッシュ・リリースしても、一時的に絞りが絞られるケースはあります。
※絞り羽調整ダイヤルを最大絞り値に設定して、レンズ鏡胴ボデイーを横から軽く叩いても
絞られる場合もあります。この場合は切替レバーは【M】に設定しておきます。
上記方法で一時的に駆動が復元すれば、お金をかけなくてもその場は凌げます。Carl Zeiss Jena DDR Electric MC Flektogon 35mm F2.4という機種で過去に詳しく解説したレポートがございます。宜しければご参照下さい。
駆動が復元した場合、その個体の持つ傾向によっては時間が経過すると同じ様な症状に至ってしまう個体もあります。その場合は、ご自宅でできる簡易的な処置をご自身で施して頂く必要があります。こちらと二人三脚で状態を維持するしか方法はありません。カビ等の光学系付着物に関しましてはレンズ鏡胴内部へのアクセスが順調に進めば除去は可能と推測致します。整備費用に関しましては過去の修理記録台帳を紐解きますと同機種にて概ね12,000円(税込)くらいかかっております。
ご依頼者様からのメール
田斉さま、お世話になっております。教えていただいた方法で絞り羽根の動きは元通りに直りました。教えていただきありがとうございます。類似事象のフレクトゴンの記事は拝見していたのですが、絞り開放でAUTO/MANUALスイッチを切り替えていました。絞らないとだめなのですね。絞り羽根の動きは直ったのですが、今後のことを考えると一度メンテナンスをお願いしたいと思います。週明けに宅配便でお届けしますのでご対応をお願いします。よろしくお願いします。
こちらからのお返事
ご自宅でできる簡易的な検査方法お試し頂いたとの事、恐縮でございます。昔のオールドレンズは、時が経つにつれ特に絞り羽ユニット機構にあれこれ様々な駆動伝達部位がプラスされていきました。個人的には、絞り羽調整ダイヤル一つで充分だったと感じるのですが、その余計な伝達部位が組み込まれて機構が複雑化してしまった為に余計に絞り羽フイルム本体に駆動指示が伝わりにくくなってしまう構造になってしまいました。特に、フォーカス調整機構螺旋状部グリスが流れ落ちやすい傾向にある個体は課題を抱える結果を招きました。乱暴な言い方をすると
・オールド単焦点レンズ=不便なレンズ
・Zoomレンズ=横着なレンズ
こんな感じで、個人的には捉えております。なので、敢えてオールドレンズに何かプラスの機構を組み込む必要はなくそれよりも、金属・硝子部位の質に力を入れる方向性の方が良かったのではないかと感じています。製造元さんもビジネスですから部位の質に関しては、原価を考えてどんどん廉価版を製造し普及に努めたのだと思います。そんな背景を辿りながらオールドレンズの価値は見直されていますので今現存するレンズ達の存在に感謝して写真愛好家の方と一緒に、状態の維持のお役にたてれば幸いでございます。段々空気が寒く感じる様になってきました。お身体もご自愛下さいまして充実した年末をお迎え下さい。
今回お預かり致しました機種
機種名 | Carl Zeiss Jena DDR Pancolar Auto 50mm F1.8 |
シリアルNO | 8339 |
付属品 | 前後キャップ、フイルター |
課題(所有者さん見解) | 念の為の点検整備 |
お見積もり額 | 12,000円(税込) |
整備報告
絞り羽ユニット機構に関してですが、念の為にフォーカス調整機構螺旋状部から流れ落ちてきた油分を含む汚れ除去処置施しました。何だかのはずみで、絞り羽フイルムが解放状態のまま固着してしまったという症状は、この汚れだけが原因ではない様です。関連駆動伝達部位数か所が、使用に伴う経年劣化の為傷んでおります。又、絞り羽フイルム自体にも数か所痛みがあります。
上記写真の様に、絞り羽フイルムの数か所に境界線以外の傷の様な痕跡が見られます。この症状は付着物ではないので、課題解決には遜色のない同規格部位交換を要しますが、該当部位の入手が困難なのが実情です。以前のメールでもお伝え致しましたが、現状の部位を生かしながら、こちらと二人三脚で状態を保つしか方法はありません。納品後もしも絞り羽が解放のまま完全に固着してしまう可能性もありますが、その際は送料のみご負担頂ければ、無償で整備致しますので、その点はご安心下さい。汚れが原因の場合は、その駆動は復元すると思います。
光学系付着物に関しましては、レンズ鏡胴内部に組み込まれていた硝子部位表面の付着物、全て除去致しました。カビの主な種類は点カビでした。
処置後のレンズ全体としての、光学的なクリアー度は復元しております。点カビの一部が腐蝕カビで、除去後の腐蝕痕が微小ですが散見されます。又、元々あった細い線状傷が、レンズが綺麗になった分少し目立つと思いますが、この様な症状ご了承お願い致します。とても大切にご所有されている事は、今回の処置前の管理状態を見るとよく解ります。今まで同様、未使用期間が長期化しない様にご留意頂きまして、今後も大切にご所有下さい。
尚、同じPancolarタイプレンズで、Carl Zeiss Jena Pancolar 55mm F1.4というモデルも人気がある様です。この機種の修理記録台帳も、宜しければご参照下さい。
納品に関しまして
※お願い・・・銀行お振込み頂きましたら、その旨メールにてお知らせ頂けますと幸いでございます。確認後速やかに納品させて頂きます。
発送方法 | クロネコ発払い便 |
送り状NO | 別途メールにて報告 |
配送状況 | お荷物追跡システム |
ご決済に関しまして
整備費 | 12,000円(税込) |
クロネコさん送料 | 東京都(一律)=930円(税込) |
決済方法 | 銀行振り込み |
合計 | 12,930円 |
お願い | ご決済後メールにてお知らせ下さい |
お振込み先銀行
・みずほ銀行
・五香支店
・口座名義 一般社団法人 日本レンズ協会
・普通口座
・口座番号 1715154
ご縁ございましたら、今後もお付き合い・ご指導宜しくお願い申し上げます。
(一社)日本レンズ協会 代表理事 田斉 健輔