jupiter-9 85mm F2 修理記録

jupiter-9 85mm F2

こちらからの納品後厳守して頂きたい事柄

下記に写真と動画にて詳しく解説致しますが、こちらからの納品後、調整ダイヤルに関してその構造と役割を理解して頂いた上で、二つの調整ダイヤルを回転させて下さい。

N様の所有物に対して、お電話にてもこちらから僭越にも、上から視線の言葉で指示の様な言葉を使ってしまいまして、申し訳けございません。この機種は少しだけ特殊な構造なので、今後正しい操作をして頂きたい一心ですので、どうかお許し下さい。

その為には、絞り羽調整指標ダイヤルという機構と、絞り羽調整駆動ダイヤルという機構の違い=役割分担に関して、知識的に理解する必要がございます。

名称役割
①絞り羽調整駆動ダイヤルこのダイヤルを回す事で絞り羽フイルムに駆動が伝達される
②絞り羽調整指標ダイヤルこのダイヤルで絞り羽の最大指標数値を決める

注意)一般的なレンズは上記表①と②がひとつになっていて、その構造が一般的には周知されていますので、そういう意味合いで少し特殊な造りになっていますが、構造が理解できれば、扱い方も実写のシーンで難しくはないと思います。

※②絞り羽調整指標ダイヤルは、必ず①絞り羽調整駆動ダイヤルを解放状態に設定した後に回して下さい。絞られた状態で回すと、故障の原因になります。

※納品時は、 絞り羽調整指標ダイヤル =16数値で梱包します。

※同じく納品時は、 絞り羽調整駆動ダイヤルを完全に絞った状態で梱包します。

jupiter-9 85mm F2というレンズ

jupiter-9 85mm F2という機種は、旧ソ連時代に製造されたコピーレンズの一種になります。映りの味わいに特徴がある様で、一部の写真愛好家の方々に人気のある機種の一種です。コピー元はCarl Zeissのレンズが多く、様々な機種が製造されました。INDASTER-61等の廉価版は市場価格も数千円で安価ですので、オールドレンズ入門機として、背景の星型リングぼけがインスタ映えするらしく、カメラ女子に特に人気がある様です。

コピーレンズといっても、今回お預かり致しました jupiter-9 85mm F2 という機種の様に、その構造上において本家をしのぐ機構が組み込まれたレンズもいくつか存在します。私は撮影家ではありませんので、実写に際しての性能に関しては語れませんが、構造上金属部位も硝子部位もこの機種はとても上質な贅沢な部位で組み立てられています。

推測の域を出ませんが、恐らく収支的には単体機種での販売利益はなかったと思います。それくらい上質な素材で構成されています。レンズの様な光学機器は、元々はヨーロッパで製造・販売されていました。作り手はその道の職人さんでしたが、会社の持ち主は皇族=貴族の様な、趣味嗜好が強い、経済的に恵まれていた一部の富豪たちでした。

例えば、Leitzというレンズは、35mmフィルムカメラを開発した事で有名ですが、元々はOptisches Institutという顕微鏡メーカーでした。交換式レンズの製造を本格的に行うことに方向転換するのに合わせて、Ernst Leitz 1世という貴族が経営を引き継ぎ、Ernst Leitz=エルンスト・ライツというのが社名に入る事になる歴史的背景を持っています。

立体顕微鏡
Leica 立体顕微鏡

なので、特にレンジファインダー式フイルムカメラ時代に活躍していたオールド単焦点レンズ群は、シンデレラレンズとも呼ばれていて、製造・販売する組織もあまり儲けは意識していませんでした。時が流れ、写真というものが一般庶民の間でも話題になり始めるに従い、製造会社も事業として利益を追求し始めます。

俗にいう、廉価版・普及型群が台頭し始めます。この時代から時が流れ、様々な国でレンズとカメラが開発されていきますが、特に初期に開発されたレンズは、実験という意味合いが強く、利益を無視した造りになっている機種が多いです。そんな歴史的背景もあって、同じ機種でも、初期型・前期型・後期型の様な棲み分けをしている写真愛好家の方々がいらっしゃって、その値段=価値に差が出ている事も事実です。

今回お預かり致しました、jupiter-9 85mm F2レンズの様に、レンズ鏡胴内部にアクセスすると、金属部位のある個所に製造した職人さんのサインが見られる個体があります。これはカサギサインといわれるもので、如何に愛情を持って手作りされたかの証です。英語読みですとjupiter-9となりますが、キリル文字表記だとЮПИТЕР-9となり、ちなみにユピテルと発音します。この様な個体は、あまり周知されていませんがとても希少です。少しずつ認知されていくと思いますが、年々市場価値は高まっていきます。

旧ソ連時代のレンズの特徴

この機種のコピー元は、旧ドイツ時代のカメラ製造企業Zeiss Ikonが作っていたSonnar 8.5cm F2になります。 SonnarとかPlanarとかDistagonとか様々な名称がありますが、これはレンズ鏡胴内部の硝子部位の組み合わせの、一種のテンプレートの種類を表します。すなわち、 jupiter-9 85mm F2というレンズは、 Carl Zeiss Sonnar 8.5cm F2をモデルとして、旧ロシア時代のモスクワ州ルトカリノ光学硝子工場で生産されたレンズという事になります。

ロシア語は勉強していない人にとっては勿論意味不明な言語ですが、この国はレンズの様な光学機器を工業生産扱いで製造・管理していますので、ロゴマーク等を勉強すれば、生産地も解る仕組みになっています。

旧ソ連レンズ製造工場ロゴマーク
旧ソ連レンズ製造工場ロゴマーク

他にも幾つか生産工場のマークはありますが、気になる様でしたらご自身で学習してみて下さい。 jupiter-9 85mm F2という機種に関して、構造面で更に解説すると、絞り羽フイルムにも特徴があります。一般的なレンズの場合、そのフイルム=板はプラスチック素材でできていますが、 jupiter-9 85mm F2の場合は金属素材でできている個体が存在します。なので、フォーカス調整機構螺旋状部グリスが流れ落ちてきても、絞り羽調整機構には悪影響をもたらす事はありません。むしろウエット状態の方が性能を維持できます。

三つの駆動系ダイヤルの役割

そして、絞り羽調整ダイヤルがひとつではなくて、絞り羽調整指標ダイヤルと絞り羽調整駆動ダイヤルの二つに分かれていて、それぞれが違った役割を果たしています。文章だけだと解り難いと思いますので、写真でも解説します。

フォーカス調整ダイヤル
フォーカス調整ダイヤル
絞り羽調整駆動ダイヤル
絞り羽調整駆動ダイヤル

絞り羽調整指標ダイヤル
絞り羽調整指標ダイヤル

この写真の様に、三つの駆動系を調整するダイヤルが存在します。今回お預かりした機種に限らず、製造から何十年も経過している個体は、特に未試用期間が長期化すると随所に支障をきたしますが、 jupiter-9 85mm F2という機種は、写真中央の絞り羽調整駆動ダイヤルが油分を含む汚れが原因で固着してしまい動かなくなっている個体が散見されます。

今回お預かり致しましたレンズもまさしくその様な症状で、しかも上記写真の様な駆動系ダイヤルの役割が知識として不十分だと、殆どのケースで絞り値に関係なく解放状態のままで実写せざるを得ない実態にて所有している方が多い様に感じられます。

jupiter-9 85mm F2 絞り羽指標
jupiter-9 85mm F2 絞り羽指標=写真は絞り値=4に設定

この三つの駆動系ダイヤルは、修理の世界から見るととても理にかなった構造で、同じjupiter-9 85mm F2という機種でも、五種類くらいあるのですが、個人的にはこのタイプが一番使いやすく、丈夫で、レンズとしての性能は一番だと感じています。このレンズの素晴らしさは、少なくとも日本ではあまり周知されていませんので、市場価格に反映されていないのが実情ですが、本来の価値は構造的には、現在反映価値の10倍以上の価格でもおかしくない優れたレンズの一種です。

駆動系ダイヤルの操作方法=留意点

フォーカス調整ダイヤルは問題ないと思いますが、 絞り羽調整駆動ダイヤルと 絞り羽調整指標ダイヤルをいじる時は、少し注意が必要になります。簡単に解説すると、 絞り羽調整指標ダイヤルを回転させる際は、 絞り羽調整駆動ダイヤルにて絞り羽の状態を解放にして下さい。この機構の相関関係を理解していないと、この部位を壊してしまったり、故障と勘違いしてしまいます。これも文章だとイマイチ解り難いので、動画で補足解説しました。8分くらいの長さの動画になります。

この機種の調整ダイヤル機構の構造を理解してダイヤルを回して下さい。

レンズ検査ご依頼までの流れ(経緯)

今回のご依頼はメールにて受け付けましたので、その内容を簡潔にまとめました。

メールにてのお問い合わせ

 Jupiter-9です。

動作良好と購入したのですが、絞りリングを回すとカチカチと音がして空回りしており、絞り羽が開放から動きません。修理が出来るものならば…とメールさせて頂きました。直らずとも見て頂く事は可能でしょうか?
ご返答の程、宜しくお願い致します。

こちらからのお返事

T様
一般的な単焦点レンズは鏡胴内部にフォーカス調整機構と絞り羽ユニット機構が隣接して組み込まれております。
・フォーカス調整機構=螺旋状部にグリスが添付
・絞り羽ユニット機構=乾いている状態がベスト
相反する状態が理想的な部位が隣接していますので何だかの拍子に絞り羽ユニット機構にフォーカス調整機構の油が汚れを巻き込んで付着してしまう個体が散見されます。もしこの様な症状が原因でしたら開放のまま固着してしまった現象を復元できるケースはございます。カチカチという音は、絞り羽調整ダイヤルがクリック型構造でしたら異常ではありませんが絞り羽調整ダイヤル周りに何だかの支障があるのでしたらやはり実際に個体を初見してみないと頂きましたメールの文章に対するお答えはこれ以上は難しいです。


この機種はご存じとは思いますがロシア語で正式にはユピテルと読むのですがZeiss Ikon社が製造したモデルのコピー機になります。製造場所は、おそらくクラスノゴルスク機械工場で現在のロシア・モスクワ州にあります。親レンズと違って廉価性が売りで、その為使用されている金属部位も耐久性に於いてはやはり劣ります。なので、原因が関連金属部位の摩耗や歪みによる場合は遜色のない同規格部位交換が必要になるものと推測致します。その場合、遜色にない同規格該当部位の入手自体が困難なのが実情でございます。いずれに致しましても、竹内様の大切な光学機器です。業者さんの選定等々充分にご検討下さい。
(一社)日本レンズ協会 代表理事 田斉健輔

お預かりしておりました機種

jupiter-9 85mm F2 付属品
jupiter-9 85mm F2 付属品
機種名 jupiter-9 85mm F2
シリアルNO8727242
付属品フロントキャップ、専用ケース、フイルター
課題(所有者さん見解)絞り羽根が開放のまま絞りリングを回しても動きません。

修理報告

お電話にてもお伝え致しましたが、 絞り羽調整駆動ダイヤル関連部位に付着していた油分を含む汚れを除去しましたので、その駆動は復元しております。少し痛みがある伝達関連部位の一部を、遜色のない同規格部位と交換したかったのですが、遜色のない同規格部位の入手が困難なのが実情でございます。もう少し軽めのトルク感に仕上げたかったのですが、部位交換をすることなく修理の範疇の処置と致しましては、このトルク感が限界でございます。詳しい解説は、お電話及び上記文章、写真、動画にて説明しましたので、お時間ございます時にジックリ学習お願い申し上げます。

尚、今回の処置工程にて、気になる光学系付着物除去処置施しましたので、現在カビ等付着物はございません。厳密に検査すると、付着していた雲状カビの、除去後の腐蝕痕が薄っすらとですが残ります。この点ご了承下さい。処置工程にて撮影した、処置前のカビの写真、以下にUPしておきますのでご参照下さい。

処置後は、スカッと抜ける眩しいレンズに復元しております。日常のふき取りと致しまして、僭越ではございますが、硝子部位表面のクリーニングをもう少し丁寧にして頂くと状態が維持できると思います。ちなみに付属品のフィルターを故意にクリーニングしておりません。綺麗になったレンズ群を光源にかざして比較して頂き、ご自宅でできる日常整備の必要性も実感して頂けますと幸いでございます。できましたら、硝子部位専用クリーニングペーパーと洗浄剤をお使い下さい。

光学系付着物除去前参考写真

jupiter-9 85mm F2 点カビと雲状カビ
jupiter-9 85mm F2 点カビと雲状カビ=処置前
jupiter-9 85mm F2 無数の点カビ
jupiter-9 85mm F2 無数の点カビ=処置前

納品に関しまして

※お願い・・・できましたら、到着致しましたら、その旨メールにてお知らせ頂けますと幸いでございます。こちらも安心しますので・・・

発送方法クロネコさんコレクト便
送り状NO別途メールにて報告
配送状況お荷物追跡システム

ご決済に関しまして(現金決済になります)

整備費12,000円(税込)
クロネコさん送料群馬県(一律)=930円(税込)
代引き手数料330円(クロネコさん規定)
決済方法代引き(ご自宅玄関にてお受取り下さい)
合計13,260円

納品後お礼のメールを頂きました

先日はjupiter-9を修理して頂き本当にありがとうとございました。仮にレンズを1本しか持てないならば迷わずこのレンズを選びます。使いこなせたなら自分の理想の画が撮れるそう予感させてもらえる写真が撮れました。まだまだ稚拙過ぎてお見せするのも恥ずかしい写真ですがJPEG撮って出しです。このレンズで撮っている事をお知らせしたく画像添付致しましたのでお手すきの時にご覧頂けたらと思います。ファイルサイズが大きいので画質を落とした状態で送らせて頂く事お許し下さい…

この様なコメントを頂きますと、今後の仕事の励みになります。ありがとうございます。

ご縁ございましたら、今後もお付き合い・ご指導宜しくお願い申し上げます。
(一社)日本レンズ協会 代表理事 田斉 健輔

kensuke tasai と申します。 光学機器の修理を主たる業務としております。 関連コンテンツも並行して配信させて頂いておりますので、リクエストございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。